・小学校

元気だった。活発だった。目立ちたがりやだった。習い事いっぱいしてた。なんでもやらせてもらっていた。リーダーや指揮者や、委員長や、なんでもやった。6年生で指揮者をやるためには5年生で生徒会のようなものに入らなくてはいけなくて、同じクラスの幼稚園から一緒の気が強い女の子が指揮者をやりたくて、正直戦いたくなかった。パパにやってみないとわからないんだから、大丈夫だからやりなさいって言われて、推薦でも名前は上がっていたけど、それでわたしもやりたいです。って言った。みんなの前で委員会に入ったらどうしたいかを語って、そのあと目を伏せて投票。すぐ結果が出るって今思うと残酷だ。先生の数を数える秒数で結果がわかった。顔を上げたとき、もうひとりの女の子は泣いていた。わたしが選ばれた。

冬、指揮者の試験にもちろん通った。二人のはずが例外で三人だった。わたしともうひとり女の子と男の子。鼓笛隊と、リコーダー隊ふたつ。鼓笛隊の指揮者がよかった。バランス的に男の子だろうと思ってた。誰もが思ってた。そのときの音楽の先生がもうひとりの女の子贔屓で、その子が鼓笛隊の指揮者になった。わんわん泣いた。みんなも不満があった。先生は正指揮者の間違いしても、その子のせいにせず周りのせいにした。贔屓ってこういうものかって、そのとき思った。

子供ながらに傷つけたり傷つけられたりを経験してた。ひとりの男の子を数人の女の子たちで傷つけた。最終的には落ち着いた。男の子がひとりの女の子に付きまとって、それを気持ち悪いと言い始めたのがきっかけだった。確かに変わった男の子ではあった。わたしも付きまとわれた。大人になれば、適当にするところを子供は正直だから、直接伝え、それをおもしろがってしまう。傷つけた側はカラッと忘れるというけれど、ぜんぶ覚えている。いろいろなことを経験した。傷つけたこと、傷つけられたこと。世の中にはみんな経験するのが当たり前だと思っていたけど、案外そうでもなかったりする、人生ってそういうものだ。小学校5年生は楽しかったけどもう戻りたくもない。本当にいろいろなことを経験した。昨日まで友達だったのに声をかけたら走ってみんなにきたきた、って逃げられた。仲良かった友達が他の子達とやってる交換ノートを不意にみてしまって、中が自分の悪口だらけだった。 たのしく遊んだ日のこと、全部悪く書かれてた。 わたしはママに言わなかった。ママに言ったらママはきっと騒ぎ立てて、ママは怖いから。絶対許さないからって、さりげなく、でも確実にやり返すと思ったから。いじめられてることがばれたくなかったからやめた。 いじめる友達のママはまさか自分の娘がわたしのことをいじめていると知らないから、下校の時犬の散歩で久し振り、元気?ってニコニコ話しかけてきて、それでもわたしは何も言わずに元気だよって言った。 6年生になったら、そんな意味わかんないようないじめのような、消えたけど。 今思うと不思議だけど、ほんとうに突然そういうターンが来て、なくなって、またあっという間に戻る。

夏、林間学校のとき、集合に遅刻した。友達に、やっぱり。って言われた。なに?って言ったら、いないとみんなどこか寂しくて、来たらめちゃくちゃ盛り上がる。さっきまでみんな静かに話聞いてたのにわいわいし始めた、って言われて、ちょっと嬉しかった。

でも小学校は所詮小学校。嫌なこともあったけど楽しかった方が多い。地元で一番平和な小学校だった。いじめといっても一時的で、女の子の難しい頃の、あれだから。

中学校はいちばん思い出したくも戻りたくもない。だけど、振り返る。一番性格形成に強く関わる時代だから。